子どもの日にちまきを食べる由来とは?


♪柱の傷はおととしの~ 5月5日のせいくらべ~という童謡でもお馴染ですが、5月5日は子どもの日です。

最近は少なくなったようにも思えますが、今もなお、時期が近づくと、男の子がいる家庭では鯉のぼりをあげたり、鎧兜や五月人形を飾ったりしてお祝いしています。

また、これらとともに、子どもの日といってイメージできるものにちまきがあります。

この時期になると、スーパーやコンビニなども、いろいろな「ちまき」が店頭にならびますが、そもそも、なぜ子どもの日にちまきを食べるようになったのでしょうか?

子どもの日の由来と合わせて、子どもの日にちまきを食べる由来などを調べてみました。

そもそも、子どもの日の由来とは

子どもの日にちまきを食べる由来を調べると、まず、子どもの日の由来が関係しています。

子どもの日は端午の節句とも言われ、日本の五節句の1つに数えられますが、その由来は古代中国にあります。

中国の戦国時代の屈原(くつげん)の物語というものがあり、楚の国の時代に国王の側近だった屈原は陰謀によって失脚したあと国の行く末に失望して川に身を投じてしまいます。

人々の信望を集めていた屈原の死を知った国民は、小舟で川へ行き、太鼓を鳴らして魚を脅したり、ちまきを投じたりして、屈原の死体を魚が食べないようにした、という話です。

この話が時代の流れとともに、国の安泰を願う風習だったものが、後に、病気や災厄を除ける宮中行事「端午の節句」となったとされています。

なぜ子どもの日にちまきを食べる?由来とは

屈原の話に登場したちまきですが、もともとは米を詰めた竹筒でした。

今のようなちまきになった由来には、屈原の話の続きにこうした内容があったためです。

「ある日、川にほとりに屈原の幽霊が現れ、『竹筒のちまきだと、私の手元に届くまでに、悪龍に奪われてしまうのです。

竹筒ではなく、悪龍が苦手とする煉樹(れんじゅ)の葉で餅を包んで、邪気を払う五色(赤、青、黄、白、黒)の糸で縛ってください。』

と里の者に話し、言われたとおりに葉に包んで糸で縛り川に流すと無事に屈原のところにちまきが届いた。」

この物語を由来として、今の葉に包まれたちまきができたとされています。

またこの話で出てくる五色は、鯉のぼりの吹き流しの色として受け継がれています。

つまり、子どもの日にちまきを食べる由来とは、こうした屈原の物語を基にして、子どもたちの病気や災厄を除けるという意味合いから、子どもの日にちまきを食べるという風習がつくられたのです。

また、子どもの日にちまきを食べるのは関西地方が多いとされます。

その理由は、柏餅に使われる柏の葉は、関西地方では自生しておらず、関西地方では子どもの日に柏餅ではなく、ちまきを食べるのが一般的とされています。

まとめ

何気なく食べていたちまきですが、子どもの日にちまきを食べる由来や、どうしてちまきが今のような葉に包まれた形なのかなどを知ると、実はとても意味深く、歴史的な物語がある、ちょっと格式高い?食べものだったのです。

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